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『ガクマンプラス』掲載、「岡田武史 サッカー日本代表監督物語」です。
今熱いといったらワールドカップ! 14日のカメルーン戦で日本が勝ったものだからあちこちのテレビ番組でその模様が放送されるなど興奮に包まれてます。この調子で決勝トーナメントへの出場に進んでもらいたいものですね。
このタイミングで『ガクマンプラス』は岡田監督の半世紀を載せてきました。ならばそれを多くの人に知らせるのが日本人としての務めでしょ!? ってことでレビューです。

1990年、まだJリーグなんて影かたちもなかった時代。ドイツとの親善試合で1点差で負けた日本チームに世間は"善戦"と評するも、選手出場していたある男は違っていた。スピードもテクニックも次元が違う。全てにおいて完敗だ、と。オレはどれだけ練習してもあいつらにはなれない。しかし指導者となって日本のサッカーを導いて海外のチームに勝つ!!と心に誓い、現役を引退をしたその人物こそ岡田武史 現サッカー日本代表監督です。

引退後はコーチ留学すべくドイツに移り、帰国したのが93年。折りしもJリーグ開幕の年でした。94年のアメリカW杯に出場すべく日本代表は奮闘し、この試合に勝てば悲願の初出場となったのがイラク戦。1点リードのまま進むもロスタイムでまさかの同点ゴールを許してしまい出場を逃してしまったその試合は「ドーハの悲劇」として今も語り継がれてます。
同点になったときにゴン中山が倒れこんだ姿は忘れられません。この試合を見ていた岡田武史は"日本が世界に手が届くまであと少し"と予感したそうです。

94年末に発足した加茂新監督の下、日本代表のヘッドコーチに就任。「岡ちゃん」の愛称で選手たちに親しまれました。が、フランスW杯を目指した97年に一大転機が訪れます。成績不振で加茂監督が更迭、急遽 監督に抜擢されたからです。
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今までの「岡ちゃん」ムードから豹変したその熱血感! これに選手たちも感化して生まれ変わったかに思えましたが…成績がついてきません。連続して引き分けてしまい自力出場が消滅。これにはサポーターからブーイングの嵐。
でもこの逆風がかえって岡田監督の迷いを無くしました。韓国、カザフスタン戦と連勝して自力出場が復活! 正にどん底から這い上がったのです。そして97年11月16日の対イラン戦を迎えます。
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ロスタイムに岡野が決めたゴールでアジア最終予選を突破。日本は初出場を決めたのです! これは私も鮮明に覚えてますね。当時の私は(当時あった)セガBBSをメインに書き込んでたのですが掲示板がチャット状態。こんなこと今までなかったですから。それほど多くの人が同じ番組を見ていて同じ感動を味わったという実感を得た懐かしい思い出です。
この模様はYouTubeにもありますので参考ください。ベンチを飛び出す岡田監督の嬉しさがよく判ります。
 1997.11.16[Japan vs Iran][Okano Goal]

フランスW杯で初出場した日本ですが予選を全敗で敗退。責任を取って岡田監督は辞任します。翌年からJ2のコンサドーレ札幌の監督に就任してJ1へ昇格させたり、横浜マリノスでは03・04年と2年連続年間王者へと導くなど指導力を依然として発揮。
そして07年11月、脳梗塞で倒れたオシムを継いで再び日本代表の監督に就任したのです。
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20年前に誓った"指導者となって海外のチームに勝つ!!"希望を抱きガンバレ岡田ジャパン!

と、紹介してはみたものの19日のオランダ戦、25日のデンマーク戦の結果次第で岡田監督への風当たりが右にも左にもなるのが辛いところ。現在の風向きのままで予選突破してください!(オランダ戦は土曜の夜8時半からなのでかなりの視聴率が見込めるんじゃないかな)
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