アオイホノオ 庵野ウルトラマンと矢野健太郎に打ちのめされる

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まさかカラーのトビラ絵で庵野ウルトラマンが出てこようとは思いませんでした!
『ヤングサンデー』不定期連載、「アオイホノオ」の第4話
後のGAINAX社長となる山賀博之らの作った作品は庵野ウルトラマンだった。但しこれは怪獣バグジェルが出てくるDAICONフィルムのではありません。。だって年代が数年ながら合いませんから。これをベースにもっと本格的な特撮を取り入れたものがよく知られる庵野ウルトラマンでしょう。
尚、ゼネラルプロダクツの会報『パペッティア通信』1983/5/20号にてDAICONフィルムでの「帰ってきたウルトラマン」の製作記がありましたからサムネイルで載せておきます。トラックにミニチュアを載せてる写真ですけど横に『赤井○○センター』と社名が入ってます。これって特技監督の赤井孝美さんの実家の車でしょうか?
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このフィルムを見て焔は驚きを隠せなかった。ウルトラマンといいながらただのジャージとウインドブレーカーを着ているだけ。でもカラータイマーさえ付ければウルトラマンになれる発想に気が付かなかった。
私も実際に庵野ウルトラマンを見た時に同じような衝撃を覚えました。ウルトラマンごっこといえるシロモノでも、当時そういうことを考えた人などいませんでしたからね。
ところでこの当時、全国を巡回して上映してたDAICONフィルム。私も名古屋の上映会に行きましたけど場所が閑静な住宅街だったので『こんな場所でやるの?』と思ったもんです。

映像の集団作業の中では埋もれてしまうと思った焔は漫画に進もうと決意。漫研の門を叩く。出てきた人物は
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矢野健太郎! うは〜これまた懐かしい人ですね。私もヤングジャンプに連載してた「猫じゃないモン!」読んでました。当時の芸大の層の厚さは恐ろしいものがあります・
漫画家になりたいといっても簡単になれるものではない。なれなかった時のことを考えているやつはなれない! と厳しく突きつけられる。
更に『俺は漫画家になれなかったら全てが終わり。いまだに3回留年して1年生』という話を聞かされ、その決意の固さに恐れをなし思わず部室を飛び出す焔だった。
今まで真剣に将来のことを考えたことのない焔にとって現実の厳しさを思い知らされたわけだが、果たしてこの先どうやってプロになっていくのだろうか? この続きは夏だ!!
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