プロレス対柔道(後編) 全てはサンテルVS庄司戦に賭けられた!

proles130814-4.jpg
前編記事:プロレス対柔道(前編) ジャンプ掲載の大正時代の実録異種格闘技戦
後編を始める前に第二試合について言っておくべきことがあります。この漫画ではヘッドロックを決められた二本目は永田がKO負けを喫するのですが、別の書物ではサンテルの反則負けとなってるのです。いったいどちらが正しいのかわかりませんが、いずれにしろ勝てなかった(勝ち越せなかった)のは間違いありません。

お家芸である柔道に日本人が勝てなかったことに市民の感情は爆発。講道館はまたしても非難にさらされます。頭にきた徳三宝は恩師のことなど振り切って二日目に出場しようとするも嘉納治五郎は「講道館柔道は見世物ではない」と頑なに認めようとしませんでした。

そして二日目の第三試合の清水・ヘンリー戦へ。昨日が一敗一分けなのでこの試合に負けてしまったら日本の敗北が決定してしまう。清水のプレッシャーは相当なものだったでしょう。
その前に、昨日のブラウンレフリーの判断(ヘッドロックを反則としなかった)に不信を覚えた日本陣営は日本人の審判を起用。それは後に"日本ボクシング界の父"と呼ばれる渡辺勇次郎でした。余談ですがこの人物を海渡勇次郎との名前に変えて描かれた漫画が「拳神」です。
proles130814-5.jpg
清水は四人の中で一番の大型。特に"はね腰"は天下一品だったようです。その通りに投げ技を多用してから右腕を極めて一本目先取。続いて二本目は十字固めで右腕を破壊。鮮やかにストレート勝ちを決めたことで靖国は歓喜に包まれます。講道館としても安堵したに違いありません。
そしてメインイベントたる第四試合のサンテル・庄司戦。四人の中で最高の四段であり、一番の実力者たる庄司に日本の命運が賭けられます。

にらみ合う両者。決して目をそらさない庄司にサンテルはただならぬ人物だと悟ります。が、実際のところ庄司はかなりの近眼だったようで、よく見るためにそうなったとか(笑)。
proles130814-6.jpg
一本目は両者互角の戦い。投げられたら投げ返す、組み手から技をかけようとして足を払い合うなどサンテルは思った以上に柔道の技を使ったそうです。結果、時間切れの引き分けに。庄司は早くも疲労が見えている。
二本目。疲労のためか投げられることが多くなった庄司。実は近眼な上に疲労と汗によってかなり見えなくなっていたらしい。そこで上の画像の裸締めが入ってしまう! 落ちるわけにはいかないと必死に耐える庄司。そうはさせじと締めまくるサンテル。時間は過ぎていきタイムアップ。何とか二本目も引き分けに持ち込ました。
そして運命の三本目。これで全てが決まります。かなり疲労している上に目がほとんど見えなくなってしまった庄司に、サンテルはここ一番の大技を決めていく。
proles130814-7.jpg
バックドロップ! 日本では古くは脳天逆落としと呼ばれており、長きに渡りフィニッシュホールドとして使われたプロレスを代表する技です。初めて見るプロレスの大技に観客は悲鳴を上げる。庄司が殺されてしまうと!
しかし庄司は立ち上がる。ならばともう一度バックドロップ! 観客からまた悲鳴が。下手したら首の骨が折れかねない技に、もう充分だとの声も。
それでも立ち上がる庄司。この試合は俺のものだ、講道館のためでも柔道のためでもないと。

庄司の起死回生の投げが決まる。けれど目が見えなくなっている状態では技が続かない。柔道世界一を決めるのだからプロレス技で決めてしまっては意味が無いと、サンテルは下からの十字固めでフィニッシュを狙う。これは弟子のヘンリーがやられた技。仕返しとばかりに折りにいきます。必死に耐える庄司! 観客からは頑張れの大合唱。耐えて耐えて耐え抜いて、終了のゴングが鳴り響く…
proles130814-8.jpg
試合後 思うことがあったのだろう、サンテルは庄司の腕を上げる。これに観客は拍手喝采。庄司もサンテルもよくやったと──
第四試合は三本全てが引き分けとなったことで、全4試合は一勝一敗二分けという結果に。けれどもしポイント制だったら庄司は確実に負けていただろう。庄司も内心では負けを認めていたようです。

その後、四人は当然の如く破門(庄司以外は二年後に復帰)。庄司はプロレスの強さを認めてその年の暮れに渡米。大学でレスリングを学びます。昭和二年に帰国後は母校の早稲田大学でレスリング倶楽部を設立。コーチに就任して実績を上げ、やがて"日本レスリングの生みの親"と呼ばれるようになります。
柔道を学んだプロレスラー・サンテル。レスリングを学んだ柔道家・庄司彦雄。二人は遠からず似た者だったかもしれません。ちなみに庄司は帰国後に破門を解かれて六段まで昇進しました。
proles130814-9.jpg
靖国神社境内にある相撲場は今でも現存。奉納相撲やアマチュアの相撲大会で使用されますが、92年前にプロレスのリングが建てられ死闘が行われたことはあまり知られてません。もし行くことがありましたら思いを馳せてみてください。

尚、こんな昔のジャンプを読み返してみたら面白いものがありました。
proles130814-3.jpg
こち亀が4月期ヤングジャンプ賞に入選したというもの。当然ながら山止たつひこ名義です。この投稿作が同年の29号に掲載されて42号から連載開始。それが今現在まで一度も欠かさず連載が続いているのだからスゴイじゃないですか!
ちなみに評論は「ギャグストーリー的なもので、警察官のセリフまわしがおもしろい。ストーリー的に事件のからみがはいれば、なおよかった」とあります。
講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件
丸島 隆雄
島津書房
売り上げランキング: 489,766
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://beatarai.blog90.fc2.com/tb.php/2900-6d64e2d3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック